マニキュア3

23.魔女のメリット、デメリット


 麻美は、息を整えて鷹火車女史を見返す。 背筋を伸ばして椅子に座っているその姿からは、さっきまで、男子生徒を相手に淫らな行為を行っていた

事をみじんも感じさせない。 麻美は違和感を覚え、小首をかしげた。

 「なに?」 鷹火車女史が聞いた。

 「いえ……相談しに来てなんですけど……先生の口からそんな言葉が出るとは思わなかったもので」

 麻美の言葉遣いが改まっている。

 「そう? ああ……」

 鷹火車が表情を和らげた。

 「屋上で高笑いをあげる『あの』先生が、そんなことを言うとは思えなかったと?」

 麻美は肯定しかけて、あわてて首を横に振る。

 「気にしなくていいわ。 そう思ってもらうための行動……『高笑い』だから」

 「え?」

 鷹火車は肩をすくめて見せた。

 「『男除け』には有効なのよ。 ああいう行動が」

 「は?」

 「屋上で高笑いを上げるような女に、からんでくる男なんて、まずいないから」

 くすくすと笑って見せる鷹火車女史に、麻美はあきれ返る。

 「あれって……演技だったんですか?」

 「まぁね。 発声練習も兼ねているけど」

 「練習……ですか?」

 「人と話す仕事ではね、相手が聞き取りやすいように、しっかり発声することが大事なのよ」

 「そ、そうですか」

 麻美は、引き気味に応じた。
 

 「さて……『覚悟』とは言ったけど……」

 ふむ……

 鷹火車は、顎に手を当て何か考える風になった。

 「あの……」

 「確認させてもらえるかしら?」

 「え……えと……何をですか?」

 「『赤い爪の魔女』になることついて、貴女の考えを聞かせてほしいの」

 「え……と……」

 麻美は口ごもり、困惑した風になる。

 「考えと言われても……」

 「魔女になることにの、メリット、デメリットをいくつか挙げてみて」

 「メリットに……デメリット……」

 「そう、魔女の後継者になった場合のメリットとデメリット」

 麻美は腕組みし、眉間にしわを寄せて考え込む。 数分考えてから、言葉を選びつつ自分の考えを口にする。


 「メリットは、『呪紋』魔法を使えるようになることで……世界で唯一無二の……存在になれること」

 「ほぅ……」

 「と……エミさんに言われました」

 一瞬感心した鷹火車だったが、続く言葉に苦笑する。

 「自分で考えたんじゃないの?」

 「ええ……魔法が使えるのはすごいことだと思うんですけど……いまいち実感がわかなくて。 ただ、エミさんがそこを強調するんで、すごいんだろうなぁって」

 「じゃあ、魔法についてあまり魅力は感じていないの?」

 「惹かれるものは感じています。 ただ、魔法が使えるようになっても、使い魔を従えたり、自分の容姿を変えたりできるようになっただけで……それって、

魔法以外でもできますよね。 人を雇ったり、美容整形で」

 「まぁ、今の私や貴女の魔法のレベルだと、魔法が使えなくても、お金を出せば実現可能なことが多いでしょうね」

 「ミレーヌさんのレベルだと、もっといろいろ……あの人店に閉じこもって、凄いアイテムを作ったり、管理をしていますけど……でも、それだって科学

技術で同じことができるものがあるみたいだし……」

 「彼女、確か産業革命以前から生きているのよね。 昔だったら、魔法でしかできないことも多かったんでしょうし、魔法の力は羨望の的だったでしょうね」

 「ええ、だからかなぁ……凄いのはわかるんつもりだけど……あ、でも、魔女は長生きができるってことですよね。 それは魅力的ですよね」

 「まぁ、そうね。 まとめると、メリットはそのぐらい?」

 「ええ……魔法が使えるのは……なんとなくいいなぁと思えるんですけど」

 「そうねぇ……魔法が使えなくても、『お金』さえあれば好きかってできるでしょうね。 でも貴女、そんなにお金持ちなの?」

 「え……ええと」

 「手段があっても、それを実行できる力があるかは別でしょう」

 「そうですね」

 「まぁ、それはいいでしょう。 まだ、そこを実感できないでしょうから」

 
 「じゃあ、デメリットは?」

 「それは、あの店に引きこっていないと行けない点です。 物理的にも、社会的にも」

 「そうね。 それはなぜ?」

 質問ではなく、確認の意味を込めて鷹火車が尋ねる。

 「まず、物理的に引きこもる理由ですが、魔法のアイテムを封じるためです。 あの店の結界にある限り、魔法のアイテムは暴走しないようになっています。 

それに、あの結界の中にいれば、魔女の体は老化しません」

 「ふむ」

 「そして、社会的に引きこもるのは身を守るためです。 魔女は社会から外れ、敵視される存在でした。 ですから結界の中に隠れている必要がありました」

 「昔はそうだったわね」

 「今もそうです。 ミレーヌさんの『呪紋』魔法は、人に施せば法律に触れる行為です」

 「判ってるじゃない」

 「ですから、『魔女』の後継者となることは、社会の外に身を置き、安全、身分の保証がない生活を送ることになります」

 「エミさんは? 彼女がマジステール大学に送り込んだ、『宇宙人』や『人外』の連中は? 自由に行動しているけど?」

 「エミさんは、直接人に危害をもたらさない者たちを選んで、大学に送り込みました。 厳密にいえば、『不法移民』です。 でもその程度であれば、社会が

受け入れる余地はあります。 エミさん自身は……危険な部分をうまく隠しています」

 「なるほど。 じゃあ『魔女』もその線で行けば? 法に触れる点は隠して……『猫をかぶれば』自由に生活できるんじゃないの?」

 麻美は肩をすくめる。

 「『宇宙人』『人外』の人たちは、日本に、いえ世界のどこにも国籍がないという点が問題なだけです。 『魔女』の場合は……魔法が法を……いえ、

倫理的に問題があるからです」

 一気にしゃべってから、麻美はため息をついた。

 「倫理的問題の詳細も説明の必要あります?」

 「私も『魔女』の端くれ。 詳細は把握しているわよ」

 鷹火車は、麻美に顔を寄せる。

 「その一線を越え、社会から身を隠す『覚悟』があるか、ということよ」

 麻美は下を向き、溜息を吐いた。

 
 「『魔女』の後継者になったら、もう日の当たる場所は歩けませんね」

 「そうねぇ」

 「今の自分も、行方不明になるか、死んだことにするか」

 「死んだことにするほうが確実ね……身代わりの死体を用意しないと」

 物騒な話になってきた。

 「まだ受けると決めたわけじゃありません。 デメリットが大きすぎて。それに釣り合うだのメリットが感じられないし」

 「そうね……普通の生き方と比べたら、魔女になって生きるのは魅力的とは言えないわよねぇ……」

 「何か……含んでます?」

 「まぁ……『黒い爪の魔女』さんだっけ、その後継者は戦争で国を追われて来た子供たちなのよね……」

 「らしいです……その点、私たちは幸せ……」

 「その暮らし、ずっと続くと思うの?」

 麻美は顔を上げた。 鷹火車が真面目な顔でこちらを見ている。

 「何が言いたいんです」

 「先のことは判ら……違うわね。 人生、生きていくための手段は多いほうがいいということよ」

 「……」

 「引きこもりになるのが嫌というだけで、『魔女』の後継者、蹴ってしまうには惜しいんじゃない?」

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