マニキュア

1.買い物


東京都 酔天宮町、ここに『マジステール通り』と呼ばれる商店街がある。
訳の判らぬ横文字のこの商店街の外れ…奥まった所に、一軒の古道具屋があった…『売店舗』…失敬、古道具屋そのものが売り物だった…
この古道具屋から話が始まる…

「え?小池?…部活の後輩だってだけでしょ…ふふ、ちょっと可愛いけどポチよポチ…もしもし?…良美?…あれ?圏外?街中で?…最低っ!」
暑い夏が終わり、木の葉の色が変わり始める季節…一人の女子高生が携帯で誰かと話ながら歩いていた。
いきなり切れた携帯に文句をつけている。
「何が新機能搭載よ…うん?…ここは『お化け屋』さん…看板が変わってる?…」
彼女は、如月麻美、高校2年生。 今、彼女はその古道具屋の前にいた…『妖品店ミレーヌ』…

麻美は、看板を見つめ、店の中を覗き込む。
(中身は変わっていないような?…看板を変えただけなのかな…)
女子高生が古道具屋に用がある訳が無い。 そのまま歩み去ろうとする。 しかし…

「?」
麻美は振り返った。 誰かが呼んだ…そんな気がした…少し迷う。
「ま、帰っても中間の準備するだけだし…」 自分に言い訳しながら店に入る… 

カラーン…
ウェルカム・ベルが客の来訪をおざなりに伝える。
「うっわー…汚なっ、埃っぽい…」麻美は無遠慮に感想を口に出す。
戦後の開店のはずだが、百年も前からここにあるようである。
(『妖品店』だって…結局ただの古道具屋じゃない…売り物は年季の入った埃でござーい…あーあ…)

「いらっしゃい…」店の奥から女の声がした…若いようで…年を取っているようでもある不思議な感じの声だ。
「!」麻美はビクッとして、背筋を伸ばし…店の奥をそっと伺う。
奥は木製のカウンターになっているが、その向こうに一人の女性が座っていた…しかし、その格好が変だ…
どこからこんな物を見つけてきたのか…頭まですっぽり被れるフード付の黒マントを着ている…
白い顔、血のように赤い唇…そこまでしか見えない。
女性なのは間違いないが、年齢はちょっと見当がつかない。

麻美は、店の奥に入っていく。
「こんにちわ」
女は、黙って頷く…
「面白い店ですね」
「埃で白いだけですわ…」
(やっぱ聞こえたみたい…)内心で首を竦める。

「あはは、…えーと恋占いの道具なんてあります?」 特に探し物があるわけではないので、思いついた物を口にしてみる。
「ありますが…お客様の為の商品は別にあるかと…」 女はうつむいたまま答える。
「は?…なんですそれ…」 いぶかしげに聞く麻美。
「さあ…お探しになってみては?…」 答える女の声に、からかいの響きがある様に感じた。

店主の言葉に、ムッとする麻美…このまま帰ろうかと思ったが、(探せというなら探してやろうじゃないの…)と妙な意地をはってしまった。
麻美は、狭い店内を見回し歩く…縦長のキャンバス、古びた壷、姿見用の鏡、彫塑用らしい粘土、小さなビン…

一度目線が通り過ぎ…引きつけられるように戻る。
ビン?…赤い小さなビン…化粧品だろうか。
麻美はそれを手にとる。 色は赤…メーカも中身もわからない。 裏を見る…読めない…文字すらわからない。
(これ…何語?…知らない国の言葉…フーン…ちょっとかっこいいかな…)

麻美は、そのビンを持って店の奥に戻る…
コト…古ぼけた木のカウンターに小さなビンを置く…
「これ…何です?…」 

女の唇が笑みの曲線を取る…好意の笑みでも愛想笑いでもない、妖しい笑みの形を…
「悪魔のマニキュア…」
「ぶっ…な、なんですかそれ…」 麻美に表情が戻り、思わずふきだす。
(なあに、まともなのこの人?それともからかわれてるの?)

「悪魔が使い魔に力を与える為に作ったマニキュア…使う者の爪を、悪魔の爪に変える…」
「悪魔の爪…」 麻美が繰り返す…
女主人が頷く。

「悪魔の爪には二つの力が…一つは使用者に悪魔の力を与える…もう一つは他人を思いのままにする…」
「くす…それはまた凄い…力…」 麻美は笑おうとして、笑えなかった…女主人は笑っていない…

「さて…どうしますか…」 女主人が尋ねる。
「どうって…」
「強い力を使うのは難しい…それに代償も必要…これは貴女には過ぎた品物でしょう…おそらく振り回されるだけかと…」
「あたしには似合わないと?」 カチンときて、尖った声をだす麻美。 「でも、これが気に入ったの!」
「…魅入られましたか…」 女主人が微かに息を吐いた。 ため息か…それとも嘲笑か…麻美は気が付かない…

「それでお幾らです?…」 幾分口調を和らげ、麻美が尋ねる…
「取引には相応の物が必要…お金で買えないものなら…やはりお金で買えない品と交換…」
「……」 剣呑なものを感じて声が出ない麻美。
「…貴女には用意できないようですね…二千円で如何でしょう…」
「買った!」 

麻美は、『悪魔のマニキュア』を持って出て行く。
一人になった女主人は、ふと首をかしげ…
「いけない…肝心の事を言い忘れた…うちは品物が客を買うお店だって事を…」
女は微笑む…魔性の笑みで…
そして、店の中に微かな笑い声が響く…あちこちから…他に誰もいないのに…
ククククク…
クスクスクスクス…
ウフフフフフフフフフ…


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