ともしび

1.着火


カチッ… スタンバイ状態のディスプレイに火が入る。

明かりを落とした部屋の中。 見つめる眼鏡が四角い光を反射する。

『Ah…Ohhh…』

少し粗い画面に映っているのは言語不要の行為を行う男女。

それを眺めているのは、それを許されるには少し若い少年だった。

少年は、机の下に手を伸ばしてもぞもぞと手を動かす。

やがて「女」と「男」がアクロバティックに絡み合いだした。 しかし、かなり白々しい。 

少年は手を止める。「…いまいち…」 呟いて画像も止める。

椅子を引いて引き出しを開け、細長いモノを取り出す。 一本のロウソクを。

「蛍…」

立ち上がって外を見る。 闇の中にぽつりぽつりと明かりが点っている。

「…」 声にならない呟きが漏れる。 何かに迷っているようだ。

少年は一つ一つの明かり追いながら思い出す。 『蛍』の事を。

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夏。 それはすばらしい季節。 出会い、冒険、スポーツ、様々な楽しみが海で、山で待ち受けている。

「…何もなければ暑苦しいだけだよな…」

少年は河原に置いたチェアに座り、頬杖をついて川で水を掛け合う友達を眺めている。

ここは「源平キャンプ場」。 樅の木村に今年オープンしたばかりのキャンプ場で、キャンピングカー、バンガロー、テント

全てOKであり、すぐ傍には水量豊かな河原が広がる。

色白の肌は彼が室内に閉じこもる事を好むタイプである事を示している。

その彼がなぜこんな所に来たかと言えば、彼の在籍している「マジステール大学付属高校」の選択科目の一つが

「林間学校」だったからだ。

不運だったのは参加したメンバーの中に話が合う友達がいなかった事だった。

テントを張ったり(比喩ではない)食事を作ったりするのはともかく、自由時間になると暇をもてあます羽目になる。

携帯電話は持ってきたが、キャンプ場まで来てここにいない誰かとお喋りをするのも馬鹿らしい。

結果、一人でたそがれる事になった。


きゃー… やったな… バシャバシャバシャ…

同級生達は皆、引率の教師まで一緒になって浅瀬ではしゃいでいる。 そこに混じればよさそうなものだが、そういうの

は苦手だった。

少年は大きなため息をついて空を見上げる。

からりと晴れた空には一点の雲もない。

(…一人寂しく探検でもしてみようか…)

彼は腰を上げ、河原を上流に向かって歩き出した。


ザクザクザク… 少し歩いただけで皆の歓声が遠ざかり、風の音しかしなくなった。

人の気配がなくなると気分が良くなった。 意味も無く草むらを蹴飛ばしたりしながら先に進む。

とぅとぅとぅ… しばらく歩くと滝の音が聞こえてきた。 すぐ先で川は急流になっていて、左に曲がっている。 少年は

ガレ場に変わった川原を上っていく。

「…へぇ…」 そこに小さな滝があった。 少年の立っている所は滝を眺める天然の展望台となっている。

正面と左右は結構な高さの崖になっていて、滝の水はその上から落ちてくる。 そして馬蹄形の崖が小さな滝の音を

大きく響かせていた。

辺りには誰もいない。 どっこいしょ… 岩に座って滝を眺める。

滝つぼであがる水煙が、風の具合で流れてきて剥き出しの二の腕を涼しく撫でる。

(…) 彼はしばらく滝を眺めていたが、そのうちうとうとしてしまった。


ポッ…ポッ…ポッ… 顔を大粒の水玉が叩く。 はっと顔を上げると辺りが暗い。 日暮れには早すぎる…と思ったら

大粒の雨が降ってきた。

「わっ!」慌てて駆け出そうとしたが、キャンプ場に駆け戻るには雨が強すぎる。 仕方なく辺りで雨宿り出来そうな

ところを探す。 

風向きの関係か、滝が落ちてくる崖の下側は濡れていない。 しかも滝つぼを回り込むように細いでっぱりがあって

そこまでいけそうだ。

少年は足元に気をつけながら滝側の崖に張り付いた。 濡れる心配はなくなったが足元は滝つぼ、少々怖い。

もっといいい場所はないかと辺りを見回す。

(おや?) 滝は岩肌をつたうのではなく、崖の上の出っ張りから注がれていた。 そして滝の裏側と崖の岩肌の間には

空間があった。

(するとこれは道?) そう、彼の立っている出っ張りは滝の裏側に回りこむための道となっている。

好奇心が刺激された。 映画や小説ではこういう所に洞窟があり、宝が隠されていたり化け物が封じ込められていたり

する。 探検するにも雨宿りするにも都合が良い。

彼は注意しながら滝の裏側に回ってみた。


「へぇ…」感心と落胆が混じった声が出た。

滝の裏側に洞窟というか大きなくぼみがあり、埃まみれの小さな(犬小屋程の)祠が一つ…それだけだった。

「まぁ、こんなもんだよな」どっこいしょと座る。 外が暗くなっている為、そこもけっこう暗い。

祠に何かないかとごそごそ探ると…結構立派なロウソクと…鉄と石…

「…こ…これって…火打石って言うんじゃないのか!」 大騒ぎするほどの事ではないだろうが、初めて見る道具に

ちょっとわくわくする。

鉄の枠がついた木を左手に持ち、黒いガラスのような石を鉄枠にぶつける。

ガッ! 硬い音ともに火花が飛ぶ。

(うーん…これでロウソクに火がつくのかな?) 普通はつかない。 火打石で起こした火花で火口(ほくち)で受けて

着火させる必要がある。 直接ロウソクに火をつけるのはまず無理だ。

しかし少年はそんなことは知らない。 面白いおもちゃを見つけたように、夢中で火打石で火花を起こし、それでロウソクに

火をつけようとする。

ポッ… わぁ… 偶然ロウソクに火がついた。 洞窟の中でロウソクの炎がゆらゆらと揺れる。

少年は宝物を見つけたようにその炎を見つめた。


バシャバシャバシャ! うわー大変!

少年の背後で元気な声がした。 誰かが少年の様に雨宿りしに来たのだろうか。 雨が降り出したのは少し前のはずだが…

少年は振り向く。 逆行でシルエットとなった人影がそこにいた。 

「あれ。先客がいたの」 声は女…少女のものだった。 自分と同じくらいの年齢だろうか。

「ちょっと失礼」

少女はそう言って岩壁の下に膝を立てて座り込んだ。 ようやく姿が判る。

「…」少年は瞬きをする。

白いシューズ、白いソックス、白いセーラー服、抜けるような白い肌、態度に似合わず儚げでたおやかな白い顔…そして

白いショートヘアー。

老人のような白髪ではない。 よく見ればごく薄い色が付いているが異様な色の髪だ。

「…」

白一色の美少女は体が濡れていないかと肩から背中を見る。 シューズを触ってソックスを確認。 上着を持ち上げて

パタパタ振りながらブラジャーをチェック。 スカートをまくってショーツを覗き込み…

じー… 目を丸くしてそのプチ・ストリップを鑑賞してしまう少年。

美少女が顔を上げた。 自分を凝視している少年と視線がぶつかる。

少年ははっと気がつき、次にあたふたする。

「ご…御免!」 慌てて謝る少年。

「スケベ」そう言って美少女はニタリと笑った。


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