ハニー・ビー

4-09 審問官 対 油親父


 サブル師と共にやってきたレイナ審問官は、クレスト伯の館に着くなり責任者を集め、会議を開いた。

 「立場をわきまえられては如何ですか?教務卿」

 年若い審問官は、仮面のような無表情でル・トール教務卿を詰問する。

 「貴殿の役割は、教会の教えを守ることです。 その貴方が率先して魔物の封印を破るなどもっての他」

 机の反対側でふんぞり返るル・トール教務卿は、太い眉を微かに動かした。

 「事態を理解しておらんようだの。 偵察隊に犠牲を出したき我らの責任だが、『封印の森』は今も黄色スミレ草で

封印されておる。 ワスプどもはその中から外には出ておらん」

 「それで言い訳のつもりですか? 封印したのは、退治できなかったからなのですよ?」
 「ほう、するとクレスト伯殿は、それほど危険な魔物の住む場所に任じられていると? その割には、俸禄の割り増しも

追加の兵もいただいておらんらしいが」

 「それは王と領主の問題。 教会の関与すべき事柄ではありません」

 「王や領主に魔物に関する進言を行うも、教会の責務でなかったのかな? 仮にそれが退けられたなら、教会は

封印された魔物を監視する手を打つべきであろう。 我らクレスト伯領属の教会は、そのような申し送りも禄の割り当て

も受けておらんが?」

 レイナ審問官は形の良い眉を歪め、口をつぐむ。 ル・トール教務卿はたたみかける。

 「『封印の森』にしても、指示は当時の教会が行っているが、働いたのは兵と領民で、教会が直接作ったものではない

その後、『魔物がいるから危険だ』として、長年、放置されてきたが、半日も歩けば村があるような場所だ。 危険だという

ならば、きちんと監視するのが筋でしょうが」

 レイナ審問官は、歯ぎしりした。

 (田舎親父の教務卿如きが、私に意見するなど……)


 サブル師は、ル・トール教務卿とレイナ審問官を交互に見やって、ため息をつく。

 ル・トール教務卿の主張は、一応正しい様だが、それは、教会が行うべき責務を放置していた事を指摘しているに過ぎない。

 偵察隊の派遣を、都の教会に無断でやった事は別問題だし、レイナ審問官はその審問の為にきた筈なのだが、頭に血が

上って忘れてしまったらしい。

 「が、過去のに過ちがあったとしても、それをここで嘆いていても始まりません。 それより今後どうすべきかではありませんか?」

 「今後?」
 「おや、分かりませんかな? 封印の向こうでワスプが生きていた。 これは由々しき事態です。 万が一にも『封印の森』が

破られてはなりません。 砦を設け、都より常設の兵を派遣して厳重な監視を……」

 「それは教会の責務では……!」

 「進言するのは教会の責務ですぞ。 聞き入られなければ、教会が率先して厳重な監視を行うべきでしょう」

 「待ちなさい教務卿。 なぜその様な話になるのですか!」

 「退治出来ず、封印するしかなかった危険な魔物。 監視し、民の安寧を守ることこそ、教会の教えに沿うことでしょう」

 「そ、それは」

 「貴方は私共に、教会の教えを守る様、言い聞かせに来たのではなかったのですか?」

 レイナ審問官は、青くなって口をパクパクさせている。


 しばらく協議を続けた後、防戦に回ったレイナ審問官は、修道院と孤児院からも話を聞きたいと逃げを打ち、その日の

会議は閉会となった。

 同席していたナウロ騎士隊長は、会議の間はお茶を飲んで傍観者に徹していたが、会議か終わりレイナ審問官が出て

行くと口を開いた。

 「ふむ、『油親父』の面目躍如ですかな」

 「ひどい言われようですな」 ル・トール教務卿が苦笑する。

 「なんですか、それは?」 サブル師が聞いた。

 「怪しげな理屈で相手を煙に巻き、のらりくらりと逃げ回る。 つかみ所のない坊主だと、ついたあだ名が『油親父』

そうでしたな」

 「所詮は屁理屈。 たいした役には立ちませぬ……」 ル・トール教務卿は、眉をしかめる。

 「ご謙遜を」 ナウロ騎士隊長が言った。

 「いえ、本当の事です。 口先で全て゛解決できれば良いのですが」 力なく笑うル・トール教務卿だった。


 翌日、レイナ審問官はサブル師に案内させて、修道院に向かった。

 四足の獣ババに乗った二人を見送ったル・トール教務卿が、執務に戻ろうとすると、教会付の小者がやってきて来客を

告げた。

 「コウゾノ村の村長殿? 何用ですかな」

 「は、実は、少し前に子供が流されてきやして。 眼がさめねえんで身元がわかんねえんでやす。 川上の村に人をやって

みたんですが、心当たりがないと」

 「ふむ?」

 「で、思い当たったの教会の孤児院で預かっている子供じゃねえかと」

 「それはなかろう。 孤児院の子供が行方不明なれば、シスター・ソフィアが……」

 ル・トール教務卿は言葉を切って黙り、しばらく考えるふうになった。

 「旅人の子かもしれませんな、私から関守長に伝えましょう」

 「あれ、お忙しいところをそんな事まで」

 「とんでもない、見ず知らずの子供をよく世話していただきました。 ご迷惑でしたら、教会で世話させましょう」

 「いえ、それには及びませんだ」

 ル・トール教務卿は村長を送り出すと、教会付の小者に命じた。

 「給付司と蜜扱司を呼んでくれ。 孤児院付の係りだ」

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