悪魔と魔女とサキュバスと

ザ・マミのエピローグ


 2006年の大晦日。 東京都、水天宮署の食堂は、年末年始の警備担当の警察官でごった返していた。

 食堂の一角では、年配の山之辺刑事と川上刑事、原巡査、そして人手不足で借り出された谷鑑識課員が

夜食に蕎麦をすすっていた。

 「やれやれ、クリスマスの馬鹿騒ぎ、連続下着強盗、そしてこれだ。 いい加減休みが欲しいよな」

 年長の山之辺刑事が呟くと、周りの三人が同意したように、一斉に蕎麦をすする。

 「山さん……相談があるんですが」 若い川上刑事が、蕎麦を見つめつつ言った。 「例えば……例えばですよ、

ある人が『私は人を殺したことがある』と僕に告白する人がいたとします、僕が警察官だと知っているのに」

 原巡査と谷鑑識課員は箸を止め、思わず川上刑事を見た。

 「そいつは……穏やかじゃねえな。 自首の手続きの相談か?」 山之辺刑事は蕎麦をかき回した。

 「いえそうじゃなくて……で、その人が、その後すぐに逃げ出したとします。 その場合、僕はどうすべきだと思います?」

 原巡査と谷鑑識課員はそろって首をかしげた。 『訳がわからんという』顔をしている。 山之辺刑事は少し考え、

逆に質問をする。

 「追跡して、逮捕……しなかったのか?」

 「例えです。 そう……僕の職責から言えば、そうすべきだったのですが」

 川上刑事は言葉を捜す。 ちなみにその後、相手は翼を広げて飛んで逃げたので、追跡は不可能だったのだが。

 「その、もっと大事な事があって、そちらに気を取られて……」

 話が仮定から事実になってきたが、川上刑事は気がついていない。

 「いやそれよりも、何故『彼女』が警察官の僕にそんな事を言ったのか……」

 『彼女』という言葉で、原巡査が片方の眉を吊り上げたが、川上刑事は気がついていない様だ。 そして山之辺刑事は

頭の中で、川上刑事が聞きたいことを整理する。

 「つまりお前さんは、その誰かさんが、何を考えてそんな事を言ったのか、それが知りたいと言っているのか?」

 「まぁ……そうです」

 「ひょっとして、その彼女に『人を殺したことがあるか』と尋ねたんですか?」 谷鑑識課員が口を挟む。

 「へ? あ、ああそうだけど」

 「じゃあ簡単だ、川上さんに嘘をつきたくなかった。 そういう事じゃないんですか」

 「嘘を……」 川上刑事は口元に手を当て、考え込む。 微かに口元が緩んだように見える。

 「つまり、川上さんに男としての好意を持っていなかったと言うことよね」 原巡査が無情に告げる。

 「え?」

 「人にもよるけど、自分に不利な情報でも本当のことを言うっていうのは、例えば潔癖症……というか『嘘は

悪である』という信念持った人が、それを守りたい場合なんがかあるわよね」

 箸で川上刑事を指す原巡査。

 「で、女性が男性に好意を持っている場合、自分を良く見せる行動を取ると思うわ。 今の話なら、答えをはぐらかせる

こともできたはずよ」

 「……つまり、僕の心象を悪くするより、自分の信念を守りたかったと?」 釈然としない顔で応える川上刑事。

 「そ。 どうかしら?」

 原巡査は山之辺刑事に話を振り、山之辺刑事は川上刑事に尋ねる。

 「一つ聞くが。 もし彼女が『人殺しなんかしていない』と言ったとしてだ」

 「彼女? あの、僕そう言いました?」

 「言った。 でだ、そう答えたら、お前さんそれを信じたか?」

 「それは判りませんが……」

 「お前さんは彼女を疑ったから、尋ねたんだろう? 否定しても信じられなかったかじゃないか?」

 「そうですね、おそらく……」

 「ならばだ、彼女はお前さんに信用して欲しかったんだろう」

 「え?」

 「自分に不利な質問に、あえて不利な答えをかえしたんだ。 川の字よ、お前さんその後、彼女を疑ったことがあるのか?」

 「そう言われれば……」

 「その答えで、お前さんは彼女を信用した。 逆に言えばだ、信用してもらいたいと思うほどの価値を、彼女はお前さんの

中に見出していたんだろうよ」

 山之辺刑事が締めくくり、一同は長話で伸びた蕎麦をすする。


 ゴーン……

 TVから除夜の鐘が響いてきた。 四人は、来年こそは平穏でありますようにと心の中で祈る。

 グワワワワワーン……

 調子の外れた鐘の音がTVから響き、食堂にいた全員が振り向いた。

 TVの中で、顔をピンク色に染めた女の子、背の高い黒人と白人という珍妙なトリオが、撞木の下でお坊さんと

なにやら話している。 どうも、もう一回やらせろと言っているようだ。

 「ふむ、なにやらまた騒動の予感がするなぁ」

 山之辺刑事が一同の気持ちを代弁したところでCMが入る。

 『明日を作るマジステール製薬のジェネリック頭痛薬、ガッカリンを宜しく』


 そして、次の物語がクリスマスの無かった時から始まる。 

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