教会[ファーザー]

8:夢魔


ジェラの手が、ファーザーの頭をやさしく撫でている…
”ここが…ファーザーの自我の象徴…”
ファーザーは放心状態…女の…いや女夢魔の快楽に浸っている…一度味わえば虜になる魔性の快楽…
ファーザーの魂に残った人間の部分に、その女夢魔が文字通り魔の手を伸ばす…
”ファーザー…あなたは『ジェラ』になるのよ…”

ジェラの手が…やさしくファーザーの髪をすいていく…
髪が黒く…闇の色に染まりながら伸びていく…
”長い、闇の色の髪は夜に生きるものの印…”
髪が伸びるほど、色が黒くなるほど…ファーザーの心も闇に染まる
”あふ…そう…私は闇のもの…背徳と淫猥をもたらすのよ…うふふ…”ファーザーの唇から呟きが漏れる…

ジェラの手が…耳を撫でる…
形が変わる…ジェラの耳と同じ形に…
”私の耳は…人の弱い心の叫びを聞きつける…”
ファーザーの耳に聞こえてくる…欲望のうめきが…満たされぬ思いが…
”聞いてあげる…欲望を…寂しい告白を…おいで…懺悔しなさい…”

ジェラの手が…ファーザーの瞼を閉じさせ…さすっていく…
瞳が光る…青白く…魔性の輝きを宿していく…
”私の目は…隠れた願望を見通すの…”
ファーザーには見える…貞淑な夫人の欲望が…他のファーザーやシスターが押し殺しているものが…
”可哀想に…欲望を隠そうとするほどに…強くなるのに…私が解き放ってあげる…”

ジェラの手が…ファーザの顔を撫でる…変わる…変わる…顔が変わる…美しく…
そこに現れたのはジェラの顔…妖艶な笑みを湛えた夢魔の顔…
”私の顔は…人をひきつける…男も女も見境なしに…”
誰もがファーザーの虜になるのだ…
”おいでみんな…あたしのところに…夢魔の虜にして上げる…”

ジェラはファーザーの正面に回る…
ファーザーの顔を両手ではさみ見据える…
”これで…終わり…ファーザー…いえ…あなたは『ジェラ』…”
ジェラが『ジェラ』に口づけを与える…
そして…ジェラの姿が消えていく…
残ったのは『ジェラ』…その唇が次第に赤く染まっていく…そして…笑みの形になる…
『ジェラ』が呟く…
”人を惑わし…夢に誘う…この唇こそ夢魔の象徴…わたしは…ジェラ…”

夢魔の夢は完成した…

月明かりが美しい…ファーザーの部屋…
ベッドの毛布がはらりと落ちる…寝ていた美女が…青白い月光のなか立ち上がる…
美しい魔性の女…夢魔ジェラがこの世に実体を得た…

姿見の鏡の前に立つ…
「ファーザーの呪縛かしら…ふふ…女の子が欲しい…男はいや…」
そして…ドアの方を向く…
「次はあなたの番よ、リズ…」

ドアがきしんだ音を立てて開く…怯えた顔のシスター・リズがそこにいた…

<終?>

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