ボクは彼女

57.交わる影


 僕が助け出されてから一週間が過ぎた。

 「おっす!」

 勢いよく背中をはたかれ、つんのめりそうになる。

 「もうちょっと手加減してよ、麗」

 「ひ弱だなぁ。 だから簡単に拉致されるんだよ」

 「関係だろう」

 僕は口をとがらせた。

 「行こう。 遅刻するよ」

 
 宇宙人の船(USOと言うらしい)に乗り移ってしまった麗を元に戻した後、エミ先生たちと一緒に逃げ出し、遊漁船に助け出された。 直後、宇宙人の

船は水に潜ってしまった。 行方は判らない。 その後、灰色の軍艦(護衛艦と呼ぶらしい)がやって来て、僕らはそれに乗せられた。 エミ先生たちは、

偉そうな人たちに連れていかれ、僕と麗、太鼓腹先輩は食堂で待たされた。 その後、船が港に着くと、船から降ろされて病院に連れいかれた。

 
 「いろいろと検査されたけど、あれで何か判ったのかな?」

 「身長と体重……むぐっ」

 麗が僕の口を塞ぐ。

 「個人情報はみだりに口にしない事!」

 僕は首を縦に振る。 そんなことをやっているうちに、学校についた。

 
 −マジステール大学 新実験棟 ランデルハウス教授の部屋−−

 「ふむ。 懐かしの我が家……いや研究室か」

 ランデルハウス教授は、1週間ぶりの自分の部屋を感慨深げに眺めた。

 「お疲れ様です。 もっとも、これからが大変でしょうけど」

 後からエミが入って来た。 教授とエミは、今回の騒動についての証言を求められ、昨日解放されたばかりだった。

 「私たちの証言に、納得していないようでしたけど」

 「情報の分析、整理もこれからだと言うらに、何を期待していたのだ、彼らは」

 憤懣やるかたない様子で、教授はどっかりと腰を下ろす。

 「『マザー2』が宇宙人の船だという事は、公然の秘密になっていますからね。 『マザー』の時は、外から観察して、破片を集めて分析するだけでした。 

でも今回は『内部』に入った訳ですから」

 「宇宙人の船ならば、キキ達の船があるだろう。 あちらは国際共同で調査が進められているはずだが」

 「『マザー2』は『生きた』船でしたから。 『何か』価値のある情報がないか、知りたかったのでしょう」

 エミの言葉に、教授は顎を撫で考える風になる。

 「映画じゃあるまいし、ちょっと見ただけで詳しいことが判るものか」

 エミがチラリと窓を見た、広がる青空に小さな黒い点が見える。

 「そうですよねぇ。 これからどうします?」

 「学長への報告は終わったから、騒動に巻き込まれた生徒達と同僚に挨拶をしておこう。 今後の対応はそれからだ」

 教授とエミは腰を上げ、廊下にでた。 扉を閉めると、教授が小声で話しかける。

 「やっぱり何かいたか?」

 「窓の外にドローン、室内に盗聴器があるみたいですね」

 エミはスマホをかざして見せた。 画面に赤い文字が並んでいる。

 「うっとうしい事だ」

 「同感です」

 
 エミと教授は、琴研究室の下にある『計測室』に入った。 電子機器の電波漏れ計測するための部屋で、外部からの電波干渉をシャットアウトする構造に

なっている。 そこには、太鼓腹と麗、木間、『クイーン・ドローン』ともう一人が顔を揃えていた。 教授は一同を見渡してから、椅子に腰を下ろす。

 「さて、すでに知っていると思うが、改めて紹介しよう。 『マザー2』の代理人ミズ『スーパー・ドローン』だ」

 教授がそう言ったが、『スーパー・ドローン』はピクリともしない。

 「彼女、大丈夫ですか?」 太鼓腹が心配げに言った。

 「一応、大丈夫らしい。 彼女は『マザー2』からの支配が強い。 我々の言葉にはほとんど反応しない。 『マザー2』の指示だけに反応するらしい」

 「はい、教授。 その解釈で問題ありません」

 唐突に『スーパー・ドローン』がしゃべり、皆驚いた様子を見せた。

 「ま、そう言うことだ。 彼女の態度は、気にしないでくれたまえ……」

 
 『スーパー・ドローン』は、教授とエミたちが事情聴取を受けている間に、大学に現れ『クイーン・ドローン』に接触してきた。 『クイーン・ドローン』は、

彼女を太鼓腹に紹介し、太鼓腹がこの『計測室』に彼女を匿うことにしたのだ。

 
 「正直、ビクビクものでしたよ」

 「貴方には迷惑かけたわね」エミは軽く頭をさげた。

 「いえ、たいしたことはしてません」

 「たいしたお礼はできないけど、今夜あたりどう?」

 「は?」

 
 その後、一同は『スーパー・ドローン』を通して『マザー2』と会話し、その意思を確認した。

 
 「彼女は、我々を敵だとは思っていないようだ」 教授が確かめる様に言った。

 「でも、友好的という訳でもないです。 なにより『生命の尊重』という概念がありません」

 エミが見たところ『マザー』『マザー2』は、人間を実験動物のように扱うことにためらいがない。 必要があれば、また人間を捕獲、ドローン化して

使役するだろう。

 「エミ君の意見に私も同意する。 そして、彼女たちの存在を公開すればだ、大多数の人は彼女達を『危険』と判断するだろう」

 「事実、危険ではないのですか?」 木間が尋ねた。

 「危険と言っても、その度合いは様々だ」 教授は木間に向き直る。

 「例えば『ライオン』は危険だ。 肉食獣で、人を襲うこともあるだろう。 しかし、『ライオン』からしてみたらどうだ? 人間は『襲われるかもしれない』として、

何もしていない『ライオン』を檻に閉じ込めたり、殺したりする」

 「それは……」

 「『マザー』も『マザー2』も、ことさらに人間や、人間社会に害を成そうとしてはいない」

 「教授、その見解には同意します。 しかし、公表しないというのは、問題がありませんか? 『秘密にしていた』情報は、暴露された時に強い反発を

生みます。 それに『マザー』の存在は公然の秘密です。 我々が口を閉ざしていても、別の誰かがしゃべってしまうのでは」

 「君の意見は正しい。 永久に『秘密』を保つのは無理だろう。 だからこそだ。 彼女たちに最も近いところにいる我々が、正確な情報を取り揃え、

発表せねばならない。 それが学究の徒としての義務だろう」

 『ドローン』二人は無表情だったが、残りの人間達は、難しい顔になった。

 「僕たちの責任になるんですか?」 木間が尋ねた。

 「知ってしまった以上はな。 全てを話すのは君の自由だし、逆に口をつぐむという選択もあるだろう。 ただ、この問題は個人の手にあまる。 世間の

リアクションも大きい。 自分を守りたいのなら……」

 教授は言葉を切った。

 「いや、これでは脅かしだな。 私自身、これが最善の選択という自信はない。 ただ、今『マザー』『マザー2』の存在と行動を公にしてしまえば、彼女

たちは『人類の敵』とされてしまうだろう。 それを避けるため、彼女たちの事を知る時間が欲しいのだ」

 「……」

 木間、太鼓腹は黙り込み、麗は首をかしげる。

 「黙ってろというなら、それでもいいけどさ、教授。 僕や木間君が攫われることはないんだよね?」

 「うむ、確実ではないが……『マザー2』が『スーパー・ドローン』をよこしたのは、その意志の表れだと判断している」

 「……『ニ度あることは三度ある』 『マザー3』が出てくる可能性はないの?」

 『え?』

 その場にいた全員が麗に注目した。
 「僕は、『マザー2』になった時、彼女の記憶……いや『記録』かな……それを見たんだ。 『マザー』達は、1つや2つじゃなかった。 少なく見積もっても、

地球に到達したのは10を超えていると思う」

 『なんだって!』

 
 しばらく討議が続き、当面は『マザー2』から採取したサンプルと、『スーパー・ドローン』を介して『マザー2』との話し合いを設けることになった。 木間と

麗は今まで通り高校に通い、必要に応じてエミや教授に助力する、または応援を頼むと言うことになった。

 外に出ると、夕焼けで真っ赤になっていた。

 「凄い事にかかわったと思ったけど。 最後は拍子抜けだったよね」

 木間が言うと、麗がぷくっと頬を膨らませた。

 「ふーん……君にとって、僕って拍子抜けするような存在だったんだ」

 「え? ち、違うよ。 ほら、この宇宙人の話なんか、凄い事じゃないか」

 「そうかな? 実感がわかなくて、それよりさ……」

 「ん?」

 「今日の夜のお勤めの方が、よっぽどすごいと思うよ。 久々だもん、今日はとことん『入れ替わり』しよう!」

 呆気にとられていた木間だが、ぷっと吹きだした。

 「そうだね、そっちの方がよっぽど大事だ」

 二人の影が、グラウンドに長い平行線を描いている。 それが交わる。 それこそが二人にとって大事な事だった。

<ボクは彼女 完了 2023/4/23>

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