黒のミストレス
1:川上龍之信
−中央ヨーロッパ、パンシルベニア地方、コクラス村近辺−
時は17世紀末期。
峠道を1人の男が歩いていた、編み笠を被った着物姿の日本の侍が…
男の名は、川上龍之信24歳、鎖国中の日本の侍がこのような場所にいるはずはないのだが…
男の横を2頭立ての屋根つき馬車が追い抜いていく…
”好い造りだ、金持ちか貴族のものであろう…”龍之信は漠然と考える。
馬車は、少し進んで止まった。扉が開く。
”?”
馬車の中からブロンド・ストレートヘアの美しい娘が声をかけてきた。
娘「異国の方のようですが、お乗りになりませんか?」
娘の名はシンシア・マグダレシア18歳、この話のもう1人の主役である。
シンシア「あの、お言葉はわかりますでしょうか?」
龍之信「分かります。多少のなまりは御容赦願いたい」何とか答える龍之信、しかし侍言葉をどう翻訳しているのやら。
シンシア「まあ、うふふふ…」通じたようであるが、笑っているところをみるとやはり、少し変らしい。
馬車の中には、他に2人がいた、御者を含め5人乗っている事になる。
定員オーバもいいところで、仕方なく御者は速度を緩める。
御者も迷惑だが主人の言いつけでは仕方ないという顔である。
「お帽子…ですよね、お取りになっては如何ですか」
言われて、龍之信は編み笠をとる。
「まあ、クスッ…御免なさい、その頭はどうしたのですか」
女「お嬢様、あれは東の果ての国のヘアスタイルです」
説明するのはネリス・ブラウン38歳、シンシアつきの家庭教師であり、お目付け役とも言う。
若い男「……」不機嫌そうな顔の男は、ルーイ・ボーマン20歳、ハンサムな青年で、シンシアの花婿候補らしい。
そして御者を務めているのが、ダストン45歳、がっちりした体格で立派な髭をたくわえている。
龍「私は、川上龍之信と申します、御親切痛み入ります」
シ「龍之信様ですか。私はシンシア・マグダレシア、こちらは…」
ひとしきり自己紹介が行われる。
峠の一本道を越えようとしていた5人の行き先は、当然同じであった。
シンシアは龍之信の折り目正しい態度に好感を持ったようだ。
龍之信もシンシアとばかり話している。
ルーイは仲間はずれにされてますます面白くない。
また、馬車が止まる。
ルーイ「どうした?急がないと日が暮れるぞ…」
ダストン「落石です、お嬢様。通れませんや…」
ルーイ「なんというこだ…今日はついていない…」
全員下りて調べると、人は通れそうだが馬車では無理そうだ、馬車で通行するものがめったにいないので放置されて
いるらしい。
ネリス「近道しようとしたのが間違いでしたね…仕方ありません戻りましょう…」
ルーイ「君はここから先に行ったらどうだ?歩いてなら通れるぞ」
龍「私を乗せなければもっと早くに戻れましたな。申し訳ないことをしました。では私はここで…」
挨拶し、1人先に進もうとする龍之信をシンシア、ネリスが止める。
山道の途中で日が暮れては、土地の者でも難儀する。
まして龍之信はどうみても土地の者ではない。
龍之信は迷うがシンシアが正しい、一緒にもどることにした。
山道を戻る馬車の中、ルーイはますます不機嫌だった。
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